読んだ本の感想:『虞美人草』

 

恥ずかしながら初めて読んだ。漱石はこれまでに三つしか読んでない。

まずは

〈あらすじ〉(※大嘘の場合があります。訴えないでください)

 

俺、小野っていうのさ。簡単に自己紹介すると、東大を卒業してるんだよ。え? 「頭良いんですね」だって? イヤイヤイヤそれほどでも! まあちょっとだけ成績が良かったらしくって、卒業の時に陛下に銀時計を下賜されちゃったんですけど、その程度です。大したことないっす。全然っす。ハァイ。専門は文学です。今さ、博論書いてるとこなんだけど、ちょっと私生活に問題発生してんだよねー。聞きたい? うん教えてあげる。

友達に甲野って奴がいてさ、専門は哲学。どっちのが頭良いのかって? いや俺は哲学のことよく分かんないから何とも言えないよー。まあ、俺は時計貰えたけどあいつは貰えなかったって事実はあるかな。まそれは動かし難い事実っていうかw いやそもそも比較できないモンだしねそういうのは。他意は無いよ無い無い無い無い!絶対無い!wwww

 

でまあそれは置いといてさ、その甲野の妹に藤尾って女がいんのね。超美人。なんだけどさ、滅茶苦茶気が強くて、怒ったらめっちゃ怖いのwwうけるwwでもまあ頭の回転速いし、俺みたいな頭良い男にはピッタリかなー。何より甲野の家って金持ちなんだよね。でここだけの話なんだけど、甲野と藤尾、血ィ繋がってないのよ。ちょっと訳アリでさ。で甲野は何かフクザツなカテイカンキョーに負い目を感じちゃってるみたいで、いずれ全財産を藤尾にあげちゃう約束をしてるらしいのよ。そ・こ・で~~俺が藤尾ちゃんと結婚したら、もうパラダイスじゃんww博士号に美人の嫁に莫大な財産www俺完全な勝ち組じゃんww敗北を知りたいww

 

いやでもね、問題って言うのはね、俺実は大学入るまではかなり貧乏でさ。今でもそんなに金無いけど。そのときにすっげーお世話になった先生がいんのよ。でね、その先生に小夜子さんって一人娘がいんのよ。でさあ、先生に昔、言っちゃったのよな……「将来小夜子さんと結婚します」って。いや勿論、約束って訳じゃないよ。ただ、言葉の弾みっていうか、口約束ですらないっていうかさ。大昔にした戯れ言。その程度。あくまでその程度。でもさ、相手は結構本気にしちゃってるらしくて……。

…………………………。

はい、嘘言いました。ごめんなさい。結構ちゃんと約束しました。別に法律上の契約とかしたわけじゃないけど。でももう、昔の話じゃん?

いやいやいや。小夜子ちゃんいい子だよ? 全然可愛いし。でもさ、なあーんかさ、ちょっと古風っていうか、垢抜けないっていうか……いや、ウザいってことは無いよ。全然。めっちゃ良い子。つまるところ、先生に受けた恩義っていうなんか古風な理由が付きまとうのが、ちょっとヤなんだよね。

 

……俺、屑だよなあ。ちゃーんと分かってんだよ。自己分析は出来てるの。でも、何が一番屑かって、どっちにも決めかねてることなんだよな。藤尾とお金を取って先生の恩義を捨てるにせよ、先生の恩義を取って藤尾を泣かすにせよ(あの女チョー怖いから俺殺されるかもしらんけど)、今や文明開化の二十世紀近代社会なんだから、好きにすりゃいいのだ。誰から文句を言われる筋合いは無いのだ。他の人の言うことなんか無視すればいいんだ。

 

……と、頭では分かってるんだけど、さ。っあ~~~この優柔不断さ、何とかしてえよなあ。

 

友達に宗近君ってやつがいんだけど、こいつはあんまり勉強できないかわりに快男児なんだよな。ま、あんまり勉強できないけど。良い奴過ぎて眩しくて、いつもイライラさせられるんだけど、結局良い奴なんだよ。頭の良さだけは俺が勝ってると思ってたら、なんか外交官の試験にパスしちまったらしい。やべえ。

 

そんなクズ野郎小野の、明日はどっちだ。

 

 

こんな感じの話。

 

ワイは大学で哲学をやっている(というか「哲学」という名前の授業に出たり哲学の論文を読んだりレポートを書いたりしている)ので、哲学をやっている引きこもり陰キャの甲野くんを応援していた。ところがこのおっかさんが、そんな息子に対して厳しい。お腹を痛めた子ではないので余計に厳しい。

 

「本当に財産も何も入(い)らないなら自分で何かしたら、善いじゃないか。毎日々々愚図々々して、卒業してから今日までもう二年にもなるのに。いくら哲学だって自分一人位どうにかなるに極っていらあね」

 

とか言う。特にこのセリフはよく刺さる。多分京大人文科学研究所辺りに。

 

あと、なかなかヤバいのが、終盤の重要なシーンにちょこっと出てくる浅井くんだ。関西弁を操るサイコパス野郎で、相当頭がイっちゃっている。このサイコパス浅井が大活躍するシーンはかなり見もの。

 

クズ男と陰キャとドS姉さんとサイコパスしか出て来ないのだが、そんな話に清々しさを与え、(多分)漱石に売れっ子作家の地位と印税をもたらしたのは、やっぱり宗近くんとその家族だ。とくに宗近くんは物凄く「いい奴」である。爽やかで、ガタイが良くて。気風がよくて、物事に拘らず、よく笑い、決して自分の才能や努力量を鼻にかけない癖に、さらりと外交官試験に通ってしまったりする。友達にするなら絶対宗近くんが良い。というか俺は宗近くんのような男になりたい。

 

 

男は皆小野みたいなクズ男なので、努力して宗近くんのようにならなければいかんのだ。

 

 

その宗近くんが、クライマックスで屑男を本気で叱咤するシーンはまじで素晴らCのだ。かれは打算からではなくて、本気でクズ男のためにクズ男を叱るのである。以下自分のためにその名台詞を抜粋しておく。

 

「小野さん、真面目だよ。いいかね。人間は一年に一度位真面目にならなくっちゃならない場合がある。上皮ばかりで生きていちゃ、相手にする張合がない。又相手にされても詰るまい。僕は君を相手にする積で来たんだよ」

 

「君は学問も僕より出来る。頭もより好い。僕は君を尊敬している。尊敬しているから救いに来た」キャームネチカサンカッコイー

 

「こう云う危うい時に、生れ付きを敲き直して置かないと、生涯不安で仕舞うよ。いくら勉強しても、いくら学者になっても取り返しはつかない。ここだよ、小野さん、真面目になるのは。世の中に真面目は、どんなものか一生知らずに済んでしまう人間がいくらもある。皮だけで生きている人間は、土だけで出来ている人形とそう違わない。真面目がなければだが、あるのに人形になるのはもったいない。真面目になった後は心持がいいものだよ。君にそう云う経験があるかい……なければ、一つなって見たまえ、今だ。こんな事は生涯に二度とは来ない。この機をはずすと、もう駄目だ。生涯真面目の味を知らずに死んでしまう。死ぬまでむく犬のようにうろうろして不安ばかりだ。人間は真面目になる機会が重なれば重なるほど出来上ってくる。人間らしい気持がしてくる」

 

「真面目とはね、君、真剣勝負の意味だよ。やっつける意味だよ。やっつけなくっちゃいられない意味だよ。人間全体が活動する意味だよ。口が巧者に働いたり、手が小器用に働いたりするのは、いくら働いたって真面目じゃない。頭の中を遺憾なく世の中へ敲きつけて始めて真面目になった気持になる」

 

「君が面目ないと云うのかね。こう云う羽目になって、面目ないの、きまりが悪いのと云ってぐずぐずしているようじゃやっぱり上皮の活動だ。君は今真面目になると云ったばかりじゃないか。真面目と云うのはね、僕に云わせると、つまり実行の二字に帰着するのだ。口だけで真面目になるのは、口だけが真面目になるので、人間が真面目になったんじゃない。君と云う一個の人間が真面目になったと主張するなら、主張するだけの証拠を実地に見せなけりゃ何にもならない。……」

 

これはたぶん、漱石自身の咆哮だ。宗近くん、カッコよすぎる。